WHAT'S NEW? 3/22


NEWS!!
エンジェル・ハンズ
遂に待望の電子書籍化、
絶賛発売中!!




■ENTRANCE■

編集前記エッセイ更新しました。(4/15) 

■STAGE1■


海洋冒険小説
Missing 3 〜中年南海漂流記〜」
遂に帰還なる!!

不定期連載
第26話“帰還”更新!!(6/14)

短編・掌編小説バックナンバーも多数!!
  ↓  ↓
「MELODY CALLING」 by 田村充義「1000億光年の彼方」by奥山六九 「友人28号」 by 逢谷人「最後の22分」 byワダマサシ「過去との遭遇」by逢谷人 「ナオミの夢」by逢谷人 「学校教育」 by奥山六九「ルームメイト」 by角森隆浩「潮騒のカセット(洋楽編)」 「潮騒のカセット(邦楽編)」 by 逢谷 人「赤いスイートピー」by 逢谷 人

■STAGE2■

田村充義氏の新作、
「聞き録り屋と買い取り屋」完結!

平凡この上ない僕が始めたアルバイトとは…?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ショートストーリー・連載小説バックナンバー多数!!

YUMIKOUUMINAOKIMICHIRUby 杉林恭雄

走る女ゾロ目の法則 宇宙の3犬人
女子アナオールスター  ゲンジツトウヒローのダックウォーク
30年目のガールズトーク
 by 田村充義



■EXTRA STAGE■

「THE LOOONIES' ADVENTURE」


THE LOOONIES


青丸をクリックすると物語のトップにジャンプ!
まだお読みでない方は、さっそくどうぞ!

ルーニーズの冒険
全編完結…。

壮大な旅の驚くべき結末とは?!

ストーリーを締めくくる 「エピローグ」
お見逃しなく!!


◆NEWS!!◆
11/11,12にシンガポールで開催された
「ANIME FESTIVAL ASIA 2011」
経産省のCOOL JAPAN BOOTHに
THE LOOONIESが出展されました!!






知られざる名曲誕生秘話
井上陽水 『少年時代』完結。




遂に待望の電子書籍化、
絶賛発売中!


EPISODE1 「エンジェル・ハンズ」

〜誰しも心の中に鬼がいる。ある人は鬼と闘い、他の人は鬼に愛を感じる〜
恵比寿五差路に近い一軒のロックバー。
店の“テンシュ”と常連客には、共通の不幸な過去が生んだ秘密の固い絆があった。
彼らが命を懸けて立ち向かう“鬼”とは?

EPISODE2 「ファイアー・ウォール」

〜悲劇の始まりは、1999年の大晦日だった〜
恋人と肉親を一度に殺められた少年は、
やがて仲間と出会い、理不尽な犯罪と闘う“防火壁”となることを誓う。
不完全な法律が、その許されざる犯人を野に放った時…。

EPISODE3 「タイム・キラー」

〜私は“愛”のために“時”を殺した〜
1980年に起きた少年誘拐事件。身代金を運んだ父親は、二度と戻ってはこなかった。
時効成立直後、発見された三つの遺体。
昭和と平成、二つの時代の運命が再び交差したとき
そこに見えた驚くべき真実とは?

SpinOutCut 「ディープ・フォール・ブルー」

〜誰かを想う気持ちは、晩秋になりやっと熟成する〜
Barエンジェル・ハンズを舞台に起こった小さな恋のエピソード。
それは、ほろ苦いカクテルの味がした。
シリーズ初のスピンアウトストーリーをお楽しみください。

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2011年12月19日

「歌ってみた」と「歌わせてみた」

編集前記 BY ワダマサシ



ちょっと前まで、アマチュアが音楽を志すと言うことは、楽器を手に入れ仲間を募ってバンドを組むこととほぼイコールだった。
コンピュータのおかげでミュージシャンなしでも卓上で音楽が作れるようになり、そんなアマチュアの常識も少しずつ変わっていったのだろう。
デスクトップミュージック(DTM)の普及は、当然ながら機材やソフトウェアの価格をどんどん押し下げていった。
やがて、プロレベルに近いシステムが誰にでも手が届きそうな価格になり、音楽制作人口の裾野は大きく広がった。
友達がいなくても、お金持ちのスポンサーがいなくても、別に国家試験がある訳じゃなし、その気があれば誰でも音楽を作れるようになったのだ。
ヒップホップやダンスミュージックのエリアでは、その恩恵を受け早くから頭角を表すトラックメーカーと呼ばれる才能が続出した。
同じパターンがひたすら繰り返されるそれらのジャンルでは、専門的な音楽知識よりもセンスで勝負出来たのだろう。

2004年に、DTMの最後のピースだった「歌」が、ヤマハの開発したボーカロイド(VOCALOID)技術によって埋められ、ボーカリストがいなくても卓上で「ボーカルもの」の全てを組み上げられるようになる。
多くの余暇時間を一人自室のPCモニターと向き合い、生身の人間よりも2Dの世界を愛好する「オタク」と呼ばれる人種は、もともとDTMやボーカロイドにのめり込む資質を備えていたのだろう。
そんな人たちが音楽制作に参画するようになったのは、間違いなく大きな変化だったのだ。
それは、彼らが好む「アニメ」や「ゲーム」「アイドル」と言ったジャンルに限って、いまだにマーケットが賑わっていることと、決して無関係ではない。

リスナーのプロデューサー化を後押しするような別の出来事も、時を同じくして起こる。
大ヒットしたナムコのアイドルプロデュース体験ゲーム「アイドルマスター」がアーケードに設置開始されたのが2005年。
「会いに行けるアイドル」のコンセプトでAKB48プロジェクトが始まったのも、同じ2005年のことだった。
どちらも、ある種の若者達の熱狂的な支持を得て、ひとつのジャンルを形成するまでに成長した。
もしかしたら、受け手にプロデュースの余地を与えると言う考え方の始まりは、この年だったのかもしれない。

そんな二つの流れに後押しされるように、2007年に発売された「初音ミク」と言う音声キャラクターの大ヒットによって、ボーカロイド音楽は一気に広まっていった。
高速インターネットの普及により、孤独なアマチュアクリエーター同士が横に繋がることが容易になったことも追い風になった。
演奏データだけでなく、オーディオデータもスムーズに投げ合うことが可能なったのだから。
誰かが曲を作り、誰かが詞をつけ、誰かがそれに歌をダビングし(あるいはボーカロイドに歌わせ)、誰かが画像をつけPVをYouTubeやニコニコ動画にアップロードする。
かくして、新しい形のアマチュア音楽文化が知らぬまに地下で熟成していった訳だ。

“〜を歌ってみた”的なタイトルのビデオがYouTubeなどの動画サイトに溢れていることにお気づきだろうか?
YouTubeの検索窓に「歌ってみた」と入力してみれば一目瞭然。
アニメソングやゲームの挿入歌など、一般人が絶対に知らないであろうアマチュア制作のボーカル作品がずらっと並ぶ。
その中に、何十万、何百万と言う再生回数を記録する知られざるコンテンツが数多く存在していることにきっと驚かれるだろう。
同じように「歌わせてみた」を検索してみて欲しい。
初音ミクなどのボーカロイドに自分の好きな歌を歌わせたクリップが無数に上がってくるはずだ。

「歌ってみた」や「歌わせてみた」をキーワードとした、言わば「ネットサブカルチャー音楽」の隆盛の上昇曲線は、レコード業界の凋落の曲線とほぼリンクする。
レコード会社の心配をよそに、音楽は地下で十分に愛好され聴かれていたのだ。
プロが制作したメジャーコンテンツの失速分を、地下のマイナーなアマチュアコンテンツが穴埋めしていたとは!
リスナーが上流から与えられた音楽に素直に反応し満足する時代から、アマチュア同士が下流で熟成させて楽しみ合う時代への「革命」が静かに起きていると捉えるのは、少し穿った見方だろうか?

しかし、それらのアマチュア音楽文化は楽しむものであって「無償提供」が基本。
したがって、ビジネスとそりが悪いと言う側面を持つ。
新しいアーティストもそこからは生まれにくいし、結局は同好者同士の趣味の共食いに終わり、ネットの密室を飛び出して世の中全部を巻き込むようなヒットになるのは今のところ難しい気がする。
そんな中、メジャーがトライした“きゃりーぱみゅぱみゅ”はボーカロイド的なアプローチと奇抜なクリップを武器にネットで支持され、世界各国のダンスチャートを賑わせたが、アーティストとしてメインストリームになれるかどうかはまだ未知数だ。

それにしても、激しく変わりゆくマーケットの状況を踏まえた上で、これからの時代のユーザーにしっかりと訴求し、なおかつビジネスに成りうるコンテンツを作り出すのは至難の業に思えるが、その答えは意外に簡単なところにあるようにも思えるのだ。
「それは、何なんだよ?」って?
「さあね…」
危機感を叫ぶのが大好きなくせに、きっと私は心底楽天家なんだろうな。



posted by 「HEART×BEAT」事務局 at 10:36| Comment(0) | 編集前記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月12日

インターネット広場の大道芸人

編集前記 BY ワダマサシ



今の音楽業界の一番の悩みは、パッケージが商品価値を急速に喪失しつつあること。
何でこんなことになっちゃったの?と問われれば、レンタルCDからの複製や違法ダウンロード、ネット動画などの無料ストリーミングを利用すれば、せいぜいCD購入価格の10分の1程度、多くの場合タダで音源そのものが手に入るのに、わざわざそれ以上のお金を払ってまでパッケージを購入する必要がないという至極シンプルな理由に尽きる。

インターネットやテクノロジーがここまで進化した今の世の中をひとつの広場に、アーテイストをそこで音楽を奏でる大道芸人に例えるとしよう。
もはやどうあがいたところで、広場中の誰の耳にも音楽は無償で届いてしまう。
その芸人の帽子に投げ銭を入れるかどうかは、すでに聴衆の判断に委ねられているのだ。
金を払わないヤツには聴かせないと、凄んで見せるのは滑稽なことなのかもしれない。
パッケージの製造販売を生業としているレコードメーカーが変化への対応を求められ、果たせなければやがて淘汰されていくのはやむを得ないことだろう。
しかし、「音楽」が人々から全く求められなくなるわけはないので、それをビジネスとして継続させるための「新たな集金方法」を皆が模索している状態が正に今なのだ。

その答えの一つが、絶対に複製の出来ない生のアーティストの時間の切り売り、つまり例え話じゃない「ライブパフォーマンス」であることは言うまでもない。
チケット販売のみならず、公演会場でのCDを含めたグッズセールスも大きな集金の機会であることから、レコードメーカーはマーチャンダイジングも含めて包括的にアーティストと契約せざるを得なくなってきている。
逆に言えば、ライブパフォーマンスに対して、ファンが何度でもチケットを購入するほどの価値を見いだせるアーティストだけが、今後生き残って行けるのだろう。
考えてみれば、エジソンが蓄音機を発明する以前にも、音楽ビジネスはそれなりに成立していたのだから。

この土日の間に、全くジャンルの異なる、と言うより両極端のファンを持つアーティストのコンサートを続けて二つ観てきた。
どちらも満員の盛況で、色々な意味で今後の音楽ビジネスの行方を示していると強く感じたのでお伝えしておこう。
まずは土曜日に観た、中野サンプラザで行われた「恵比寿マスカッツ」のアジアツアー凱旋公演。
ご存知ない方もいらっしゃると思うが、「恵比寿マスカッツ」とは深夜のテレビ番組内で結成された大人数(公式サイトによれば26人組)の歌手グループで、メンバーは全てAV女優とグラビア・アイドル達。
言わば音楽的には素人だらけというその成り立ちからして、色眼鏡で見られやすいアーティストではある。
私も少なからずそんな気持ちを抱いていたのだが、キャパ2200を数える大ホールを満員にし、ほぼ男性で占められるオーディエンスを熱狂させているのを目の当たりにし、考えを改めなければと思ったものだ。
注目すべきポイントはいくつもあったが、まず感心させられたのが、メンバーのオンステージの時のハートの強さ。
舞い上がるどころか、大ホールでのパフォーマンスを無邪気に楽しんでいるような姿勢が小気味いいほどで、多少の踊りや歌のつたなささえも、大きな魅力に変えていた。
パフォーマンスから仕掛けてきたAKBなどと同じで、人数が多いというだけで生じるスペクタクルな要素が最大の武器なのだろうが、どうしてどうして個々の個性がトークや演出で伝わってくるのには驚いてしまった。
どうやってここまで鍛えたのか、それとも彼女たちのもともとの資質なのかは判らないが、人前に出ることを許される人の資格を全員が持っていると強く感じさせてくれた。
テレビバラエティー的な演出も、ファンの望みを読みきっているからなのだろう。
そして、何よりも感心したのはツボを突いた楽曲の作り。
全ての曲に言えるのだが、敢えて超B級チープな構えを装いながら、実は計算ずくの知的ゴージャスさを裏に控えさせている。
絶対に高みからリスナーを見下ろすようなことをせずに、まるで「こんなのでいかがでしょう?」とやや下からの目線でリスナーの土俵に献上している。
例えるならば、一流のシェフがご当地B級グルメ大会に狙って勝ちに行っている感じ。
観客がまんまとその術中にはまり、全力のコールで声をからせているのを見て確信した。
jam&liceという彼女たちの音楽のプロデュースチーム、ただものじゃない。(実は、本当にただものじゃないのですが…。)

翌日曜日に小金井市民交流センター大ホールで観たのは、Everly(エヴァリー)と言うバイオリン、チェロ、ピアノ、クラリネットというクラシック編成の男性4人組みユニット。
メジャーな活動はほとんどしていないので、ご存知の方はあまりいらっしゃらないのではと思われるが、もう10年も同じメンバーで活動しているそうだ。
新設のキャパ500を超えるホールは、子供連れのファミリー客や熟年・初老の有閑層などでこれまた満員。
この日はボーカル入りのJポップ風味のオリジナル曲なども披露していたが、メインはクラシックアレンジされたスクリーン・ミュジックやディズニー音楽などのホームミュージック。
安心して子供を連れて行けるコンサートを、どこの沿線の駅にもある箱もの施設を使って年間何十本も行い全て満員にしていると言う。
その集客力は一朝一夕で手に入ったわけではなく、彼らは自分たちだけで実際に公園で投げ銭を得るパフォーマンスを積み上げてきたらしい。
驚いたことにコンサートが終わるや否や、ロビーで次回のコンサートチケット発売及びCD即売兼サイン会を毎回行うのだが、全員並んでいるのではと思わせるほどの長蛇の列だった。
閑散としたCDショップではここ何年もお目にかかったことのない、飛ぶようにパッケージが売れる様を目の前で見て、感慨ひとしおだった。
この方向でもっとパフォーマンスの精度が上がれば、次のステップが見えてくるのではと感じた次第。

音楽を求める人は絶対にいなくならない。
そんな人は絶対にアーティストの生の存在に触れたくなるもの。
個々のリスナーの細かな要求に応え、かゆい所に手が届くように、そして隙間を埋めるように、パフォーマンスを軸に置いたマーケットを丁寧に育てていくこと。
まったく異なるリスナーに目掛けた二つのコンサートは、今までマス媒体対策に偏重し無駄に空回りを続けてきた懲りない音楽業界に、いい加減に原点に還れと促しているようだった。



posted by 「HEART×BEAT」事務局 at 16:24| Comment(0) | 編集前記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月06日

「マーフィーの法則」の教訓

編集前記 BY ワダマサシ



マーフィーの法則――“悪くなる可能性のあることは、必ず悪い方になる。(Anything that can go wrong will go wrong.)”
言わば悲観論者の自虐的な経験則で、今から20年ほど前に日本でも同名の本が出版され一種のユーモア書籍としてベストセラーになったので、ご存知の方も多いだろう。
「車を洗うと必ず雨が降る」とか、「トーストを落とすと、必ずバターの付いている方が下になる。しかも高価なカーペットほどその被害を受けやすい」などが、その代表的な具体事例だ。

誰でも身の回りでマーフィーの法則を実体験していると思う。
楽観主義者を自認する私にとっても、「天気予報にしたがって自転車通勤を避けると、絶対に雨は降らないの法則」が今のところ鉄板で成立中。
他にも、「高い制作費をかけた曲ほど売れない」や、「オーディションで見逃したアーティストは、必ずビッグになる」などが、私のマーフィーの法則になってしまっている。
人間は学習するもので、この法則を逆手にとって「わざと悪い方を選択する」と言うやり方でマーフィー理論からなんとか逃れようと試みたりする。
巨人の熱狂的ファンだった私の父も、「応援すればするほど負ける」と言うマーフィーの法則を悟ったのか、強引に相手チームを応援すると言う「法則破りの奥義」を編み出していた。
しかし、その度に逆応援が功を奏して相手チームに凱歌が上がり、ここでもマーフィーの法則をさらに裏付ける結果になっていたっけ。

他にも、私の遭遇したマーフィーにはこんなのがある。
コンビニの法則(1)――財布の1円玉は、必ず支払い金額より1枚だけ少ない。
コンビニの法則(2)――空いてると思って並んだレジは、必ず宅急便の手続きをするヤツのせいでメチャ遅い。
携帯の法則(1)――重要な会話の最も重要なポイントで、必ず圏外になる。
携帯の法則(2)――着信に気づき出ると、必ずタッチの差で取れない。かけ直すと先方は必ず伝言入れてる最中で話中。これが交互に数回繰り返されることがある。
フォークダンスの法則(1)(別名:オクラホマミキサーの法則)――意中の人の一人手前で、チャンチャラララーラ、スッチャンチャンと曲が終わり、次に反対周りで再開。
フォークダンスの法則(2)――先生「女子の人数一人少ないからお前やってくれ」私「は、はい…」
サッカーの法則(1)――1点差で勝っている時のロスタイムは信じられないほど長い。1点差で負けてる時のロスタイムはほとんどない。
サッカーの法則(2)――ナイスシュートは必ずポストにはじかれる。相手のミスシュートはポストかDFに当たってゴールに吸い込まれる。
電気店の法則(1)――満を持して購入した直後に、新型が発表になり激しく値下がりする。
電気店の法則(2)――修理代は、必ず新品購入費よりも高い。
ユニクロの法則(1)――レアな柄のポロシャツほど、電車内で他人とかぶりやすい。
ユニクロの法則(2)――2枚買うとお得のセールで無理して買った物は、結局着ない。
料理の法則(1)――高い食材ほど調理を失敗しやすい。
料理の法則(2)――鰹節で丁寧に出汁をとったあと手際よくザルに取ると、肝心の出し汁は流しに、残ったのはザルの中のふやけた鰹節だけ。

こんな風にお笑いネタのような法則なのだが、中には真実であることが実証された事例もある。
なんと、最初に書いた「トーストを落とすと、必ずバターの付いている方が下になる」がそれ。
証明したのは、アストン大学のロバート・マシューズと言う暇な学者。
それを防ぐためには、3メートル以上のテーブルを使うべきだと彼は結論づけたとか。
バター面とそうでない面の空気抵抗のせいだろうか?
私としては、@トーストは落下開始の時、手に持たれているにしろ皿に置かれているにしろバター面が上である。Aテーブルの高さからそれを落とすと、空気抵抗を受けた落下中の回転により圧倒的にバター面が下になる確立が高い。ってのが理由じゃないかと思うんだけど。

他にもマーフィーの法則の研究者はいる。
スリーマイル島原子力発電所事故に触発された人間工学者リチャードW.ピューらは、人間が最悪の選択をする事態に対処すべく「マーフィー図(Murphy diagram)」なる理論(1981)を開発し、それは今や大小様々なプラント等の安全設計及び事故原因解析の代表的支援ツ−ルの1つになっているそうだ。

それにしても今回の福島原発の事故は、はからずも“悪くなる可能性のあることは、必ずいつか悪いことになる”と言う今法則を、悲劇的に実証することになってしまった。
「悪いことは避けようがないから、最悪を想定しろ」とも読み変えられるマーフィーの法則は、今我々に冗談ではすまされない重要な教訓を伝えているのかもしれない。

声を大にして言おう。
バター付きのパンさえ何度でも落としてしまう間抜けな人間が、不遜にも最悪を想定外と決めつけ、「未来にまで禍根を遺すような事態」を実際に引き起こしてしまった。
分かりきっていることじゃないか。
そんな施設など、もう金輪際持つべきではない!



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posted by 「HEART×BEAT」事務局 at 13:13| Comment(1) | 編集前記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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